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柴幸男さんの『わが星』受賞は、岸田國士戯曲賞の歴史にとって、どのような出来事だったのか?カトリヒデトシと柳沢望の二人が、発足以来の岸田賞の歴史と変遷を振り返りながら、21世紀において戯曲賞の存在意義はどのようなものなのか、語ります。
下にトークライブをふまえて概要をまとめたテキスト版もあるのであわせてお読みください。 (PULL編集グループ)
※なお、トーク中のカトリ発言で、太田省吾氏が亡くなったのが2005年度岸田賞の発表と重なるように言及していますが、太田氏が亡くなったのは正確には2007年7月です。
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[PART1]
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[PART2]
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[PART3]
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※トークの中でカトリさんが80年代の『新劇』誌に関連して「岸田」と言っているのは、岸田賞の省略だけでなく、故岸田理生さんに言及しています。
『わが星』と戯曲賞について
柳沢望
まず、ビデオ収録で話したことの流れ追いながら、自分の見解をまとめます。
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『わが星』の岸田賞には、驚かされました。
2005年の岡田利規さんの受賞は、それまでの岸田賞の流れに新しい空気を吹き込んだようなところがあり、選評を読むと、そうした新風が待ち望まれていたことがわかるわけです。 2005年以降、岡田さんと同世代の作家が受賞してきたけど、まだまだ岡田さんと同世代で賞をもらっておかしくない人はいた。今回の『わが星』の受賞は、そういう人々を飛び越えて柴幸男さんが岸田賞を取ったという印象があります。
岸田賞というものは、審査員が入れ替わりながら、賞としての性格を変容させながら、戦後日本の演劇の大きな流れを描いてきたような側面があると思う。そこに、誰が決めたというわけでもなく、岸田賞が演劇史の太い流れを代表するべきだという意志みたいなものがあるかのようです。 それが、演出に与えられる賞なども含めて、他の賞よりも、岸田賞が演劇の世界で存在感を示している所以でもある。
90年代以降の岸田賞は、すでに世評として評価が固まった人に功労賞的に賞を出してきた感じもあり、時代の流れを後から認めるような傾向もあった。むしろ、賞を出しておかないと岸田賞が時代から取り残されるという風に動いていたようにも見えます。
それに対して、今回の『わが星』岸田賞受賞は、時代の流れを岸田賞が先取りしたような印象がある。それは、劇場法に向けた動きのようにも感じられます。
岡田受賞以降、すこし落ち着いていた印象もある岸田賞ですが、今回の結果は、岸田賞が時代の変化を感じ取って、変わろうとしたことのひとつのあらわれのようにも思えます。
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岸田賞の歴史を振り返ると、そもそも白水社の賞は、『新劇』という雑誌が出していた賞で、もともと新劇戯曲賞という名前で、「岸田國士」の名前を冠してはいなかった。 一方で、新潮社が「岸田演劇賞」を主催していて、その賞が1961年に終わったあとで、白水社がそれを統合するように名前を受け継ぎ「新劇」岸田戯曲賞となったわけです。そして1979年に岸田國士戯曲賞という今の名前になった。そういういきさつがある。
白水社の新劇戯曲賞と新潮社の岸田演劇賞を比べてみると、新潮社の賞の方が、三島由紀夫や安部公房にも賞を出していたり、翻訳にも賞を出していて、文学と演劇が制度的に安定し円熟した関係を持っていたように見えます。 「岸田演劇賞」の終わりは、その終焉を象徴しているようでもある。60年安保との関連なども、いずれ振り返ってみたい。
さて、かつて『新劇』という雑誌があったときには毎月最新の戯曲を二本ずつ読むことができた、と、80年代にリアルタイムで舞台を見つつ『新劇』を読んでいたカトリさんのお話をうかがうと、雑誌から岸田賞が決まるという流れがあって、メディアとして、劇場と雑誌がひとつのサイクルを作っていたのだなと推察されます。
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『新劇』が廃刊して以降、功労賞的な意味合いの受賞が増える傾向が生じ、例外とされてきた上演台本による受賞が増えていくことになったのだろうというのがカトリさんの見方でした。「戯曲」に対する賞としては、イレギュラーが常態化しているのが、今の岸田賞の姿だといえるでしょう。 活字で発表されたものが選考対象であれば、ある程度透明性が確保されているけれど、無数にある上演の中から、上演台本が選ばれて審査がなされるとなると、その対象が決まるプロセスが透明でないという問題も生じます。
『わが星』の岸田賞受賞については、「口ロロ」の音楽と一体になった上演の魅力は台本ではわからないし、台本ではなく、上演の質を評価するべきではないか?という意見も散見されました。また、審査員が上演を見ていたり、見ていなかったりする状況も、審査の透明性を損なうものだともいえるかもしれません。
そうした矛盾を含みながら、岸田賞は賞としてのあり方を模索しているのが現状なのでしょう。でも、そのような矛盾の中で模索を続けるところに、岸田賞の賞としての意志が示されているのだろうし、そこに今後の可能性もあると思います。
たとえば『三月の5日間』を戯曲版で最初に読んで、上演DVDを後から見るような人もいる。そういう人は、上演よりも戯曲の方により強い印象を受けることもあるようです。
岸田賞は、上演台本を戯曲出版に結びつける回路を作りつつあるように思えます。そのような賞のあり方も、出版社が催す企画として考えるなら、雑誌の勢いがなくなっている時代に、演劇の言葉について活字を通して反省したり、別の角度から感じたり、考えたりするための道を確保しようとする営為として、肯定できると思うのです。
『わが星』についても、戯曲として見ることで、上演において実現されたのとは別のリズムや別の肌合いが感じ取られるかもしれない。上演よりも、戯曲の方が流通しやすいという面もあります。そのこと自体において、作品の新たな魅力が広まり、再発見されていくとすれば、そこに、岸田賞が新しい戯曲を生み出す賞として今後も機能していく可能性がある。そう言えると思います。
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戯曲賞
カトリヒデトシ
柳沢さんが「台本」から「戯曲」へと新しい展開があるのではという考えを展開した中で、いやあくまでも「戯曲」と「台本」とは違うものだというところに私はこだわっていました。 確かに柳沢さんがいうことにも首肯します。 しかし、私には結局「テキスト」が重要なのか、という思いがあるためです。
作品の中でことばが占める大きさを決して否定するわけではないが、その他の要素が等閑視されることにはそろそろなんとかしたいと思っている。 装置や照明の「空間演出」や音楽や発話などの「時間演出」、さらにはもっとも重要だと思うのは、「役者の身体」です。作品を構成するものは、くテキスト以外にも重要なものがあるのは、いうまでもないと思います。 どれひとつ欠けても作品はなりたたない。 けれど、上演された作品を振り返る時、結局「ことば」しか忖度されない。テキストしか、後に残らないということに忸怩たるものを感じてます。 音楽や照明という要素、なによりも役者を総合的に語らず、「作品」たりうるのか、という思いを強くもっています。
作品の現場では、役者のからだを通して発せられたことば、そして役者の振るまいを受け取ることで、作品の全体が立ち上がり、その結果感動が立ち上がります。 それをテキストだけで追憶のように甦らせることは、実際の上演を経験していれば可能かもしれない。 それこそ見巧者になれば、テキストを配役表を見つつ読み込めばかなりのところまでは想像できるかもしれない。 それはテキストの力を信じるということでなく、役者が腑に落ちているためにあるていど可能になるということでしかないと思います。 だから、上演台本というものは、役者やその他の演出を前提として、分かち難いものとされるもののはずです。 そして、それが上演されることによって作品が立ち現れてくるはずです。
だから、どうしても、「戯曲賞」であるならば、上演を前提としないかたちでの、ことばによる「劇空間」の創出というものが、必要であると思います。 「作品賞」なら、上演を見ることにより、総合的な舞台として批評、評価をくだすことができるでしょう。その場合、審査員は上演にたちあい、その上で評価することが要求されます。 そこをテキストだけを抜き出し、「戯曲」として評価することに大きな戸惑いを覚えます。 もちろん優れた審査委員がテキストを読解することにより、単純なストーリーや、ことばのみで、選考することはないでしょう。 しかし、それがテキストだけで流通することはちょっと違うのではないか。
もちろん、既発表の台本で新しい解釈の優れた作品を創る可能性を否定するものではありません。上演こそがすべてだというわけでもない。 しかしことばによる表現が重要な作品で、台本に起こせるものだけが選考にあがるというのも、極端ではなかろうかと思う。 上演には選考作品の構成や、テキストよりも身体性がより重要な作品もある。 それらは、戯曲賞の埒外になるわけで、現在の演劇状況の中でそれはまた、大きな歪みといわざるをえないのではないか、と考えているのです。
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なお、今回のトークについては、次のようなご意見がTwitter経由で寄せられました。
「@hisato_fuji カトリ氏「三谷幸喜はあれだけ多作なのに戯曲出版は2作くらい」。正確には岸田賞を獲ったから仕方なく出版した『オケピ!』のみ。しかも初版だけ。戯曲出版は本人の意思で頑なに固辞してるのであって、戯曲が出版されないという時代状況とは別かと思われます。」http://twitter.com/hisato_fuji/status/10266467534
事実の確認が不十分な面があり、その点はお詫びして訂正したいと思います。ただ、戯曲出版を三谷氏が固辞しているのだとして、その理由が「戯曲の地位」という問題と無関係と言い切れるかどうかはわかりません。いただいたご指摘を参考にしながら、さらに考えて行きたいと思います。(PULL編集グループ)
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