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演劇人インタビュー / 徳永京子さんと語る
2010年 5月 23日(日曜日) 00:00

今年、演劇ジャーナリストの徳永京子さんと一緒に仕事をさせていただき(ワンダーランド「3人が語る「2010年○月はコレがお薦め!」(毎月掲載))、親しくさせていただいている。PULLは演劇に関わる人に広く関わっていただきたいという思いがあるので、ベテランのライターでもある、徳永さんに頼みこんで、今回お話しを聞かせていただいた。テーマが明確な対談なら、ということであったので、ワーサルシアターで行われた「BLUE/ORANGE」を取り上げ、「翻訳劇の最近」というテーマで話をした。必ずしも絶賛ということでもなかったのがこの二人にしては珍しい。ほかでは書かない内容になったと思う。

第2回目以降も不定期で行っていきたい企画である。
(カトリヒデトシ)

※「徳永京子さんと語る」をダウンロードする(mp3,40.3MB)
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※また、カトリの発言が性急すぎ、不十分な表現があった。お詫びして訂正します。


カトリが、精神科医師のもつべき「共感的受容」と境界例の中で重要と考えられている「コムニタス」とがあたかも同義であるかのような話し方をしてしまってます。これは半可通な説明で、誤りです。「コムニタス」とは文化人類学者のV・ターナーのことばで、「通過儀礼の中での人間関係」を表すことばです。それは「普段の社会構造の次元を越えた/棄てた反構造の次元における自由で平等な実存的人間の相互関係のありかた」を示す場所と、説明されます。それを河合隼雄が、境界例の解説の中にもちこみ(「境界例とリミナリティ」という論文)「境界例のコムニタスへの希求はきわめて強い」と断じました。「境界例の人は親子関係とか偽善的なきまりごとであるとか、そういう社会の序列や構造が極端に苦手/嫌いで、身分も地位もない生身の関係を強烈に求めている」という考えです。
ブルー/オレンジの第1幕でのチョウくんの言動にそれをつよく感じていて、そこを必死に取り繕うおうとする、千葉さんの振る舞いになんとか「共感的受容」を示そうと振り回されていく医師の姿をみた、というのがほんとうにいいたかったことです。お詫びして訂正いたします。 

 
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